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葵祭

2018.05.18

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こんにちは、京都オフィスの馬橋です。

5/15(火)に京都で葵祭が開催されました。
京都三大祭の1つですね。
祇園祭・時代祭・葵祭
さて、といっても弊社は平日はお仕事なので実際に見に行くタイミングはなかったので今回は葵祭の情報を掲載しようと思います。

まず、葵祭は毎年5/15に行われると決まっています。そのため今年のように平日に行われることもあれば休日になることもあります。
メインの行列があるので雨天は開催されません。順次繰り下がります。

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この祭の特徴は、平安時代以来、国家的な行事として行われてきたので、わが国の祭のなかでも、数少ない王朝風俗の伝統が残されているということである。

賀茂祭が葵祭と呼ばれるようになったのは、江戸時代の1694年(元禄7)に祭が再興されてのち、当日の内裏宸殿の御簾をはじめ、牛車(御所車)、勅使、供奉者の衣冠、牛馬にいたるまで、すべて葵の葉で飾るようになって、この名があるとされる。使用される葵はフタバアオイで、毎年両神社から御所に納められている。

祭の起源と沿革は、今から約1400年前の欽明天皇(在位539~571)の頃に、国内は風雨がはげしく、五穀が実らなかったので、当時賀茂の大神の崇敬者であった、卜部伊吉若日子を勅使として、4月の中酉の日に祭礼を行い、馬には鈴をかけ、人は猪頭(ししがしら)をかぶって駆競(かけくらべ)をしたところ、風雨はおさまり、五穀は豊かに実って国民も安泰になったという。

また、819年(弘仁10)には、朝廷の律令制度として、最も重要な恒例祭祀(中祀)に準じて行うという、国家的行事になった。

なお、応仁の乱(1467-77)ののち、1693年(元禄6)まで約200年の間、1871年(明治4)から1883年(明治16)まで、1943年(昭和18)から1952年(昭和27)まで、中断や行列の中止があった。しかし王朝の伝統は忠実に守られてきた。
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https://www.kyokanko.or.jp/aoi/より引用
やはり歴史があるので中断されても復活して今でも行われているというのは良いですね。
続いて行列の解説です。

本列と斎王列に分けられています。

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【本列】
乗尻(のりじり)
検非違使志(けびいしのさかん)
検非違使尉(けびいしのじょう)
山城使(やましろつかい)
御幣櫃(ごへいびつ)
内蔵寮史生(くらりょうのししょう)
馬寮使(めりょうつかい)
牛車(ぎっしゃ) ※こちらの牛車は勅使は乗っていないそうです。今は飾りです。
御馬(おうま)
和琴(わごん)
舞人(まいびど)
陪従(べいじゅう)
内蔵使(くらづかい)
勅使(ちょくし)※列でもっとも位の高い。ただし、勅使は行列に参加せず近衛使代がこの役をしているようです。馬も豪華で従者もいます。
牽馬(ひきうま)
風流傘(ふりゅうがさ)
風流傘(ふりゅうがさ)

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【斎王代列】
命婦(みょうぶ)
女嬬(にょじゅ)
斎王代(さいおうだい)
騎女(むなのりおんな)
蔵人所陪従(くろうどどころべいじゅう)
牛車(ぎっしゃ) ※斎王が乗る牛車で、葵と桂・桜と橘の飾りがついています。
命婦(みょうぶ)

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最後に行列のルートをご用意しましたので来年の参考にしてください。

有料観覧席もありますのでいい場所で見たい方はぜひ。

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来年の葵祭は水曜日です。

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