さてさて、「スコーンについてⅡ」ということで、
前回に引き続き、なぜ、自分がチョコチップスコーンを好きなのか、
ということを考えた話であります。
(※「スコーンⅡ」とした方が、アメコミ感がありますね。)
私がスコーンを好きな理由‥‥
それを一言で表してみると、「異物感」ではないかと。
さっくりとしたビスケット生地とともに、
ほろりと口の中でくだけて溶けるチョコレートの舌ざわり、
そしてそれらが織り成すハーモニーというのがですね、
「いとをかし」なんじゃないかと、そんなことを思うわけであります。
“異物感、しかし調和している”とでも言いましょうか。
で、他の食べ物で例えていうなら「いくらの軍艦巻き」ではないかと。
しっとりとした磯の香りが広がる海苔に包まれつつ、
ふっくらとした酢飯感、そしてはじけるようないくらと醤油の風味…
みたいな感じなわけでございますよ。
まあ、私は、いくらの軍艦巻きが好きなんですけども、
それの甘い版とまではいかなくとも、
そんなことを思った次第であります。
そしてその異物感のハーモニーを良しとする国民性というか、
そのようなものがあるとすれば、
文字を持たなかった日本人のご先祖様がいたとして、
そこに漢字がやってきて、伝承(口伝)を漢字で残したと(古事記など)。
で、その中から仮名を発明した、先人の皆々様。
しかも自分たちの発明を「仮」の「名」としたと(「平」と「片」がありますが)。
そのような道を先人は選んできたわけです。
さらにそこから、日本語に置き換えることのできない、
またはしにくい外来語についても片仮名で表現しながら、
半ば強引にも、それでも調和を図りながら
生活を営んできているのは、まさに私たちの生活文化であると。
それもまた、異物感と共存していることに
他ならないのではないかと。
そういったところを、スコーンを食べたり、
考えたりする中で思うのでありました。
まぁまぁ、最後の方はやや強引が過ぎたように思いますが、
それもまた愛嬌ということで、ご笑納くださいな。